自衛隊で何を学ぶか

元脱サラ自衛官の気づき

銃剣道とは

皆さんは銃剣道という競技を聞いたことはありますか?

 

剣道ではなく、「銃」剣道です。

 

 私は自衛隊に入る前にメジャー、マイナー含め4つほどのスポーツを部活動等で本格的に取り組み、学校の体育でもそれなりの数の競技を経験してきました。しかしこの銃剣道というものは名前すら聞いたことがありませんでした。後になって先輩に話を聞くと、競技者の大半が自衛官またはそのお子さんのようです。国民体育大会の競技にも入っているようなのですが、平成34年度までは毎年ではなく隔年開催という微妙な立ち位置です。

 

銃剣道とは

公益社団法人全日本銃剣道連盟のホームページを参照しつつ、私なりに説明したいと思います。

 

 銃剣道は一見すると剣道と非常に近しい競技に思えます。事実、競技で使用する袴は剣道のものと全く同じですし、剣道が竹でできた竹刀を使うように、銃剣道では木でできた木銃を使います。銃剣道の歴史は明治建軍の時代まで遡ります。当時の日本は近代化に向かう真っ最中で、軍隊はフランスの軍制を参考にしました。これ以降、日本に古くから伝わる銃剣術に取って代わり、フランス式の剣術教育が陸軍で行われるようになりました。しかしフランスから伝わった銃剣術はスポーツ的要素が強すぎるとのことで1890年にはフランス式を廃止し、日本式の銃剣術が復活しました。以来、この銃剣術は軍隊の正式科目として取り入れられ、技の研究や競技大会が行われるようになりました。そして1941年に大日本銃剣道振興会が設立され、銃剣道という名称が定着したようです。

 

続いて競技内容ですが、これは百聞は一見に如かず、ということで下記の動画をご覧いただきたいと思います。

 

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 試合開始直後の「初一本」で勝負が決まってしまうこともありますが、大抵は相手との間合いや剣の出し方などを探り合い、その一瞬の隙を突いて1本を取るシーンが多いです。これは柔道において、相手とがっちり組み合いながらもお互い相手の隙を突いて技を掛け合う様子に似ています。そして銃剣道において一瞬にして勝敗を決する「1本」ですが、全日本銃剣道連盟のHPによると、

 

  • 左腕の上から左胸を突いた場合の「上胴(うわどう)」

  • 左腕の下から左胸を突いた場合の「下胴(したどう)」

  • 喉を突いた場合の「のど」

  • 相手が左胸を左腕で隠した時に小手を突いた場合の「小手(こて)」

  • 相手が体勢を崩した場合に相手の左胸に向かって垂直に左肩を突いた場合の「肩(かた)」

 

正しい姿勢で突いた時に1本となるようです。 

 

 私は上官から「心」「技」「体」すべてが揃っていないと一本は取れない、と教えられました。すなわち、

 

心=声で相手を圧倒し

技=剣を相手に刺してから抜くまでの動作を

体=正しい姿勢で行うこと

 

 

が銃剣道における一本の条件なのだと。

 

 

 ちなみに相手を突いた剣を抜く動作は、「残心」と呼ばれ、銃剣道に限らず日本の武道・芸道で一般的に使われる言葉です。この残心が出来ていないと1本と認められないくらい、銃剣道ひいては武道では大切な動作です。残心は、技を決めた後も油断しないこと、相手を敬うこと、余韻を残す美学等の表れであり、そこには日本独自の文化も感じることができます。もし明治の頃に導入したフランス式銃剣術が日本に定着していたとしたら、銃剣道における残心はなくなっていたかもしれません。

 

 

 以上、大まかに説明してきましたが、私なりに銃剣道という競技を一言で説明するならば、相手の心臓を一突きにすること、であると私は思います。もともと銃剣道は軍隊で発展し、兵士教育の一環として取り入れられてきた歴史があります。当時の戦争中における兵士の役割は、目の前の相手を殺すことに他なりません。私も非常に短い期間ではありましたが、銃剣道という競技に取り組み、試合も経験しました。そこでは、相手を倒す(=相手を殺す)ための最善の方法は、相手の剣を恐れずに懐に飛び込んでいくことである、ということを学びました。

 

修業としての銃剣道

 剣道や柔道といった、日本古来の武道をやったことがある人なら経験があるかもしれませんが、この銃剣道も練習ではただひたすら同じことを繰り返します。木銃の持ち方、構え方に始まり、足さばきや剣の出し方などを何時間でも繰り返します。私も含め、多くの新隊員がこの銃剣道という競技に初めて取り組むわけですが、当然毎日が同じことの繰り返しで飽きてしまいます。私は自衛隊に入る前にサラリーマンを経験していましたので、棒を振ってるだけで給料がもらえるなんて最高だな、と思ったりもしていました。しかしどうせやるからには少しでも上手になりたいと思ったのも事実で、課業外に素振りや構えのチェックをしていました。

 

 数週間から数カ月に及ぶ銃剣道練成ですが、新隊員の中には「何かを掴んだ」者も出てきます。これはなかなか表現するのが難しいのですが、木銃が完全に自分のものになっていて、フォームが安定してきた、と言うことができると思います。ちなみにこれは何回素振りをすればこうなる、とは一概に言えず、ひたすら繰り返していたらいつの間にかこうなっていた、という感覚だと思います。例えるならば外から中が見えないコップにゆっくりと水を注いでいき、何秒後かに水がコップからワッと溢れ出てくるようなものでしょうか。別の競技でいうと、野球をやったことがある人ならば、ある日を境にバッティングフォームが全く崩れなくなったでしょうし、サッカーならばシュートをふかすことが激減したでしょう。これらは厳密には同じ動作を繰り返すことで筋肉や認知能力が最適化された、と言うことが出来るのでしょうが、残念ながら数値化や見える化ができません。しかし少しずつこの最適状態に近づいていっていることだけは確かなのです。

 

 

 今回紹介した銃剣道に限らず、自衛隊の訓練・演習は同じことの繰り返しです。しかしこの繰り返しこそが、普通の人がとてつもない所まで到達できる唯一の手段なのだと思います。これを読んでいる新隊員の人は、部隊に配置されてすぐ銃剣道錬成が始まると思います。しかしどうか腐らずに錬成に取り組み、自分がどのように変化するかを楽しんで欲しいのです。もちろん大会での勝利を目標にするのも良いでしょう。

 

 

 日本古来の武道に基づく礼儀・作法と、近代陸軍の中で発展してきた技。 銃剣道はこの2つを同時に学ぶことができるという点で、自衛官を自衛官たらしめるある種の修業だと私は思うのです。

 

 

お読みいただきありがとうございます。

 

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